教育機関向けIncome Share Agreement (ISA) 解説 ~学生と共に成功を分かち合う学費モデル~
教育機関の経営者・リーダー向けにISAの仕組みや特徴から、ISA導入による収益向上メカニズムまで詳しくご紹介。
こんにちは、「お金の問題で学べない」を無くすプロダクトを作っているYOLI CEOの水澤です。最近は嬉しいことにYOLIの事業やISAについて聞かれることが増えてきましたので、この機会にISAについてまとめてみます。
学費の負担が学びの機会を阻む。これは教育の現場で長らく存在する課題です。奨学金や教育ローンは、こうした課題に対応する手段として半世紀以上に渡って利用されてきました。しかし、少子化や貧困問題の拡大により、「いかに学生の金銭的負担を減らし、同時に教育機関の収益を向上させるか」という問いが存在感を増すと共に、このトレードオフ問題を解消する新たな発想が求められています。
その答えの一つが ISA (Income Share Agreement: 所得分配契約) です。
ISAは、金融資本だけに依存しない新しい信用評価を実現し、人的資本や社会資本、そして学生の未来に着目する仕組みです。このモデルにより、経済的な壁に直面する学生・社会人に新たな教育機会を提供し、「今」の学費負担を「未来」の収益へとシフトさせることで、教育機関の収益向上も同時に実現します。
この記事では、特に民間スクールや大学、専門学校、大学院などのあらゆる教育機関の経営者やリーダーの皆さまに向けて、ISAがどのように教育の未来を変え、収益向上や学生数増加、単価UPといった課題に具体的に応えるのかを解説します。
※「ISAについて聞かれた時、自分の代わりに説明してくれる何かを作る」という目的で書くので、おそらく結構な文章量です。興味のあるトピックだけ選んで読める構成にしますので、ぜひご一読ください🙏
目次
- 結論: 教育機関向けにISAを3行で解説
- 前提: 言葉の定義について
- ISAとは: 「自分の未来に投資して学ぶ」学費支払い方法
- ISA利用イメージ: ジョンと学ぶ
- ISAの特徴: 奨学金や教育ローンの穴を埋める第三の学費支払い選択肢
- 教育機関のメリット: 収益性向上(=稼ぐ力UP)
- 批判やデメリット: ISAは魔法の杖ではない
- ISAの歴史: 70年にわたる理論と実践、そして再注目の軌跡
- 世界のISA事例: 過大評価を超え、実用的な解決策を見出す
- まとめ: ISAが切り開く教育とお金の未来
結論: 3行でまとめると
- ISAとは、学生が自分の未来に投資して学ぶ学費支払いモデル
- 経済的な理由で進学やスキル習得を諦めていた学生に新たな教育機会を提供
- ISAを適切に導入する教育機関は、単価UP、学生数増加、持続可能な収益モデルへの変革という3つの大きなメリットを得る
私たちがこのように考える理由を順を追って説明します。
前提: 言葉の定義について
この記事では普段耳慣れない言葉や似た言葉の意味の違いが登場します。そのため少し整理しておきます。
収益と収入
- 収益: 企業の営業活動により実現した価値の増加 (資産増 or 負債減)のこと
- 収入: 金銭や物品を他から収め入れて自己の所有とすること
収益は利益が実現したと認識されたタイミングで発生する一方、収入は利益が現金として会社に入ってきたタイミングで発生します。
資本と資産 [*1]
- 資本: 富を生み出す力。経済行為をお金の調達の面から見る
- 資産: 富を生み出す方法。経済行為をお金の使い方から見る
金銭資本、人的資本、社会資本 [*2]
- 金銭資本: お金や株式、債券、不動産などのこと
- 人的資本: スキルや知識、ノウハウ、倫理観など
- 社会資本: 人脈やコミュニティ、SNS上のつながりなど
[*1] [*2] 参考: 橘 玲 (著): 幸福の「資本」論
ISAとは: 「自分の未来に投資して学ぶ」学費支払い方法
ISAの定義
ISAとは学生・社会人が学費や授業料を前払いする代わりに、卒業後に収入を得始めたタイミングで、その収入の一定割合を一定期間、教育機関に支払う契約モデルです。この仕組みにより、経済的な壁に直面している人々に新たな教育機会を提供します。
ISAは Income Share Agreement の頭文字の略で、日本語では「所得分配契約」と訳されます。また、海外では「Study Now, Pay Later」、日本では「出世払い」という表現で説明されることもあります。さらに、ISAのエクイティ的な性質から「学生が学費を借りるのではなく投資してもらう」仕組みが、貸与型奨学金や教育ローンとは異なる特徴として比較されます。
ISAの仕組み
- 教育提供: 学生は、授業料の前払いをせずに教育を受ける or 資金を受け取る
- 就職 / 転職: 学生が教育機関を卒業した後に就職 / 転職に成功
- 給与獲得/増加: 学生が事前に定めた閾値以上の給与収入を得るとISAの支払いが開始
- 返済は事前に定めた所得の閾値を上回る場合のみでOK
- 所得分配 (返済): 学生は卒業後に得た収入の一定割合を一定期間支払う
- 収入の10%を3年間、または上限額に達するまで等、条件は柔軟に設定できる
- 収入が少なければ分配額も少なくなるが、収入がUPすればその分多く支払う
ISAは初めて聞くと複雑に感じるかもしれません。しかし、スキームは他の分野で広く使われている金融サービスと類似しており非常にシンプルです。例えば、実店舗から企業間決済まで幅広い業界で普及している BNPL (Buy Now, Pay Later: 今買って、後で払う)や、スタートアップや中小企業を中心に利用が増えているRBF (Revenue-Based Financing: 将来の売上を、いま現金化する資金調達手法)をイメージするとわかりやすいでしょう。
ISAも同様に、教育業界においてお金の流れを再構築することで新たな価値を生み出しています。このような視点で捉えると、ISAの仕組みがぐっと理解しやすくなるはずです。
ISA利用イメージ: ジョンと学ぶ
架空の人物であるジョンのストーリーで、ISAの仕組みをわかりやすく解説します。
経済的なストレスなく学ぶ
ジョンは過度なプレッシャーで広告会社を辞め、経済的な安定を求めてITエンジニアを目指すことにしました。しかし、高額な授業料を前払いする余裕はありません。そんな中、あるスクールに注目します。このスクールでは、将来の収入の一定割合を支払うことで、今すぐ学べる柔軟な学費支払い方法がありました。
就職・転職活動
卒業後、ジョンは就職までに4か月かかりました。しかし、その4か月間は、毎月の返済は必要ありません。ジョンは好きな仕事を焦らずに見つけることができました。
所得分配 (返済)
ジョンのISAは収入に基づいて支払いが決まります。就職後の給与も順調に増えたので、結果的に当初の授業料より多く支払うことになりそうです。しかし、収入の増加と比例しているので、負担は感じません。
所得に基づく返済による保護
就職してすぐにジョンは病気で2か月休職してしまいます。しかし、この2か月間も返済の必要はありません。しっかりと休養を取り、再び職場復帰することができました。
上限
ジョンのISA契約は36ヶ月の予定でしたが、努力を続けて収入を増やした結果、24ヶ月で返済を完了しました。当初の授業料より多く支払ったことに少しためらいもありましたが、「自分の支払いが次のISA利用者を支える」と知り、むしろ誇らしさを感じました。
ISAの特徴: 奨学金や教育ローンの穴を埋める第三の学費支払い選択肢
ISAは、奨学金や教育ローンでは対応しきれなかった課題を補完する、新たな学費支払いモデルです。その具体的な特徴を解説します。
経済的なハードルを超えて学べる
お金がなくて学べない。これは多くの学生や社会人が直面する、教育への最初の壁です。ISAの最大の魅力は、この壁を取り除き、誰もが学ぶ機会を得られる仕組みを提供する点にあります。
ISAでは「学費の前払い」は不要です。その代わり、卒業後に収入を得るようになったタイミングで、その収入の一定割合を一定期間支払う形を取ります。この柔軟な支払いモデルが「経済的な理由で学べない」壁を取り除きます。また、収入が事前に定めた基準を下回る場合も返済が猶予されるため、安心してキャリアを始められます。
教育による与信スコアリング
ISAが従来の奨学金や教育ローンと根本的に異なるのは、学生が「どこから来たか (過去)」 ではなく、「どこに行くか (未来, 可能性)」に焦点を当てる点です。従来の奨学金や教育ローンでは、金融資本や保証人の有無に基づき、返済能力を測るモノサシが使われてきました。これは金融機関が融資リスクを抑えるための合理的な手法でしたが、経済的な壁に阻まれた学生のポテンシャルを評価するには限界がありました。
対照的に、ISAは教育機関独自のデータを活用し、提供する教育が将来どれほどの収入を生み出すかを予測します。さらに、人的資本 (スキルや知識) や社会資本 (ネットワークや影響力) を評価の要素に加えることで、学生の可能性をより的確に反映する新しい基準を提案しています。「学生の未来を最も理解し適切に評価できるのは、金融機関ではなく教育機関自身」というアプローチによって、教育機関ならではの与信スコアリングを実現します。
⚠️ センシティブなデータの活用が必要です。外部の第三者ではなく、教育機関が主体となるDirect-ISAモデルを採用することでISAの価値を最大化することができます。詳しくはこちら
学生と教育機関のインセンティブ一致
ISAは学生の成功が教育機関の収益に直結します。この相互関係により、教育機関には高品質な教育を提供し、学生のキャリア成功を全力で支援する強い動機が生まれます。
ISAがもたらす学生と教育機関の成功のサイクルは、学生の満足度向上と教育市場全体の健全な競争を促進します。ISAを提供する教育機関が増えるにつれ、優れた教育を提供する教育機関だけが多くの学生を引きつける構造が生まれ、「高額な学費を支払ったのに、思うような成果が得られない」という学生の不満を解消します。
ISAの投資対象化による更なる資金流入
ISAは伝統的な貸付(固定的な返済義務を伴うもの)よりも、エクイティ(成果に基づく変動リターンを伴うもの)に近い性質を持ちます。具体的には、学生の収入に応じて支払い額が変動する点や、学生の成果 (収入増) が教育機関や投資家の収益に直結する点がそれです。また、リスクとリターンを共有する仕組みも、従来の貸付とは大きく異なります。
この仕組みはすでにアメリカ等で実績があり、ISAを投資家に販売することで教育機関はキャッシュフローを安定化させながら、より多くの学生にISA提供可能な資金を確保しています。投資家という新たなプレーヤーの参入が教育業界に大規模な資金流入をもたらすことで、より多くの経済的に困難な学生・社会人に対して教育の機会を提供します。
教育機関のメリット: 収益性向上(=稼ぐ力UP)
ISAを導入した教育機関にとってのメリットは単価UPや学生数増加、新たな収益源獲得による「持続可能な収益モデルへの変革 (=稼ぐ力UP) 」です。
これは、プログラミングスクールや寿司職人養成学校といった非学位系の民間スクールから、大学や大学院などの学位系スクールまで、学費を収益源とするあらゆる教育機関で実現可能なメリットです。
ISA: Flipped Fee Model
これらのメリットは、ISAが学費の調達と支払いの仕組みを根本から覆すゲームチェンジを起こす結果として生まれます。YOLIではこのゲームチェンジを「Flipped Fee Model」と名付けています。このFlipped Fee ModelはYOLIが提唱する独自のコンセプトであり、ISAが教育機関にメリットを提供する要因となる3つの逆転現象を象徴します。
1. 単価UP: 学生の成功に応じた上乗せ収益
ISAによる教育成果の逆転、即ち「教育の提供」ではなく「教育の結果」から収益を得る逆転現象によって、教育機関は全員一律の学費と比べて、学生の成功に応じた上乗せ収益を得ることが可能になります。
例えば、あるプログラミングスクールがISAの条件を「所得分配率10%、期間3年」で設定した場合、学生が卒業後に平均して年収400万円を得れば、総支払額は120万円になります。このスクールの通常学費が70万円であれば、50万円の上乗せ収益を得られる計算です。こうしたモデルは、教育成果に基づく公平で柔軟な収益構造を実現します。
⚠️本メリットを享受するためには、Direct-ISA (直接型) で、教育機関が学生とISAを締結する必要があります。第三者提供のISA、いわゆるBrokered-ISA (仲介型) は導入しやすい一方で、上乗せ収益が外部に流れるリスクがあります。まだ知名度のないISAは情報の非対称性も利用されやすく、第三者機関が利益を追求しすぎた結果、ISAの本来の価値を損ねるようなケースも世界的に存在します。詳しくはこちら
2. 学生数の増加: 費用原因の非入学理由を除却
学費の前払いが不要なISAのモデルは、教育機関がこれまで届かなかった層へのリーチを可能にします。具体的には、学費を用意できない学生や社会人の非選択理由を除却することで、学生・受講者数の増加という大きなメリットを得ることができます。実際にYOLIの顧客インタビューでも、学費の負担で進学やスキル習得を諦める人や、前払い学費にリスクを感じる人が増加しており、どちらの層も教育機関に接触していない現状が明らかになりました。このような層は教育機関からすれば「見えない顧客」のままです。
YOLIの顧客インタビューより (発言内容そのまま)
不可避な環境要因で職を失った若手社会人ほどお金がない
15時間飯も食わずにぶっ通しみたいな。しかもちょっとミスったら詰められる環境で。気づいた時には精神的にもう追い詰められて。で、働けなくなって。借金しながら生活するのが精いっぱいで。信用でローンNG、クレカは限度額MAX、リスキリング助成金も使えない状況。ずっと。お金、お金で学べない成果が不透明なサービスを避けるトレンド
安心は買ってでも欲しい。職を得られる保証があれば、2倍でも3倍でも学費は払う。それほど学費を無駄にすることは怖い
また、ISAは基本的に長期契約となるため、教育機関が卒業後のサポートを強化するインセンティブが働きます。これは、就職率だけではなく卒業後のキャリア成功までを含む独自の実績とセールスポイントを作り、新たな学生を惹きつける力となります。
3. 持続可能な収益モデルへの変革: 少子化・貧困問題に対応
従来の学費モデルは、学生本人や家庭の「今の財布の中身」に強く依存していました。手元にお金がなければ進学は叶わず、少子化や貧困問題が進む日本において、教育機関は学生数の減少と収益悪化という深刻な課題に直面しています。
ここで、ISAのFlipped Fee Model がもたらす革新は、学費の支払いを「未来の給与」に結びつけることで、今の経済状況に左右されない柔軟な学費調達を可能にする点です。学生の将来の収入に基づいて学費を支払う仕組みは、「今、払えない」という理由で学びを諦めていた層を取り込み、教育機関が従来到達できなかったTAM (Total Addressable Market) の拡大 を実現します。また、従来の貸与型奨学金では、固定された返済額が前提であり、そのリスクは学生個人が一手に背負わねばなりません。しかし、ISAでは未来の成果 (=卒業後の収入) に応じて支払いが調整されるため、学生は経済的な不安を抱えることなく学びに専念できます。
批判やデメリット: ISAは魔法の杖ではない
ISAは教育機関に大きなメリットをもたらす可能性のある仕組みです。しかし、どんな仕組みにも完璧はないように、ISAにも批判やデメリットが存在します。ISAを魔法の杖として捉えるのではなく、構造や限界を理解し適切に運用することが重要です。
回収リスク
ISAは卒業後の収入に基づいて学費を回収する仕組みです。しかし、学生が必ずしも期待通りのキャリアを築けるわけではなく、もし収入が想定を下回れば通常の学費よりもISAの収益が減少するリスクがあります。
このリスクは従来の「前払い学費」ではなかった課題です。そのため、ISAの導入にあたっては教育機関独自の与信スコアリングによるROI予測や、学生の長期的なキャリア成功サポート制度の充実などが不可欠です。
キャッシュフローの不安定化
ISAは学生が卒業後に一定の収入を得た時に初めて、教育機関が収入を得られる構造です。従来の学費モデルでは、入学時や在学中に学費収入が得られ、運営資金として計画的に活用できました。しかしISAでは、収入の回収が数年先にずれ込むため、短期的なキャッシュフローが不安定になるリスクが生じます。
教育機関が安定した運営を維持するためには、ISA導入に合わせたキャッシュフロー管理や各種シミュレーションによって、無理のない範囲からISAを始めることが大切です。
見えない状況での変革の恐怖
ISAを初めて導入する教育機関は不確実な未来を前提に経営判断を行わなければなりません。この「見えない状況での変革の恐怖」こそが、多くの教育機関にとって心理的なハードルとなります。例えば、学生の収入予測が甘かった場合は計画していた収益が確保できないリスクがあります。また、ISAの収益を追求しすぎるあまり、短期的に卒業生の収入が高い学科やコースに偏重し、教育機関本来の多様性や価値を損なう可能性も考えられます。
しかし、この「見えない恐怖」も、過去データの分析や収入予測の精緻化が進めば乗り越えられる壁です。正確なリスクシミュレーションや、教育機関と学生双方にとって透明性の高い契約設計があれば、未来の不確実性は「見える化」され、経営戦略として落とし込むことも可能になります。
ISAの歴史: 70年にわたる理論と実践、再注目までの軌跡
ISAは日本ではまだ馴染みの薄い概念ですが、そのルーツをたどると約70年の歴史があります。この間に積み重ねられた数々の実践と事例が、ISAの構造を形作ってきました。そして近年、学費高騰やアメリカで深刻化する学生ローン危機といった社会課題を背景に、ISAは再び注目を集め始めています。
理論の登場 (1955年~)
1955年、経済学者ミルトン・フリードマンの論文「The Role of Government in Education」でISAの基盤となる概念が提案されました。
この論文では、教育への投資リスクを共有し、学生が所得の一部を返済することで学費負担を軽減する仕組みが記載されています。また、フリードマンは「教育バウチャー制度」の導入も提案し、政府が教育サービスを直接提供するのではなく、教育費をバウチャー (クーポン) として学生に支給することで、教育の選択肢を広げ、市場競争を促進する方法を示しました。これらの提案は、ISAの概念と密接に関連しており、教育資金調達の新たなモデルを考案する基盤となりました。
The counterpart for education would
be to "buy" a share in an individual's earning prospects: to advance him the
funds needed to finance his training on condition that he agree to pay the lender
a specified fraction of his future earnings. In this way, a lender would get back
more than his initial investment from relatively successful individuals, which
would compensate for the failure to recoup his original investment from the
unsuccessful.引用: Friedman, M. (1955). "The Role of Government in Education."
初期実践期(1970~2015年頃まで)
1970年代からの約10年間、フリードマンが提唱した教育バウチャー制度の実証実験が、アメリカやチリ、イギリス、スウェーデン、オランダなどのヨーロッパなど世界各国で開始されます。
1970年代のアメリカでは、ミルウォーキーやクリーブランドなど一部地域で教育バウチャー制度が試験的に導入されました。ただし、これらの取組みはフリードマンが提唱した「教育に競争原理を持ち込む」ものとは異なり、低所得者の救済や格差是正を目的としていました。その結果、教育成果の向上に関する十分な検証は行われませんでした。
1981年、チリでは全国規模で教育バウチャー制度が導入されました。この取り組みは所得連動型の返済モデルを採用し、教育の質向上と市場競争の促進を目的としました。一部では学業成績の向上が報告されましたが、全国的なバウチャー導入によって社会の階層化(ソーティング)が進む可能性が示唆されるなどの課題も浮き彫りになりました。
ヨーロッパでは、イギリスが公営私立学校への資金配分を進め、スウェーデンでは一部自治体で学校選択制が試されましたが、いずれも全国的な成果の検証は限定的でした。
2001年には、Lumni社がチリでISAを活用した教育資金提供プログラムを開始し、その後コロンビア、メキシコ、ペルー、アメリカ合衆国へと展開されました。この取り組みは、ISAの実用化を進める重要な一歩となりました。
さらに、2013年には米国オレゴン州で「Pay It Forward」モデルが提案され、授業料を在学中は徴収せず、卒業後の所得に基づいて返済する仕組みが導入されました。このモデルは、資金の原資として公的資金を利用するユニークな仕組みでもありました。
再注目期 (2015年~)
2015年以降、ISAは学生ローン危機などを背景に再び注目を集めます。特にアメリカでは学費が高騰し続ける一方で、学生ローン債務が1兆5000億ドル以上を超える中で、従来とは抜本的に異なる仕組みのISAに期待が集まりました。また、この時期から、ISAは大学や大学院といった学位系スクールに留まらず、プログラミングやデザインなどの非学位系スクールでも導入が増加し始め、新たな可能性を示し始めるようになります。
2016年に米国パデュー大学が開始した「Back a Boiler」プログラムは、学位系プログラムにISAを適用した代表的な事例です。
また、2017年にLambda School(現BloomTech)が導入したISA型の学費支払いモデルは、オンライン教育や他のスキル習得スクールへの広がりを見せ、教育業界におけるISAの注目度を大きく高めた事例として注目されています。
引用: BloomTech
日本でも2022年から文部科学省がオーストラリアのHECSモデルを参考に、大学金からの「授業料後払い (≒出世払い奨学金)」の試験的導入検討を提言しました。
世界のISA事例: 過大評価を超え、実用的な解決策を見出すフェーズへ
世界に目を向ければ、民間スクールや大学でISAの事例は積み重なっています。ISAの構造が明らかになり、様々な問題やリスクをコントロールしやすくなったことでISAに関わる企業も増えました (この進展は、ISAが一時的な過大評価と失望を超え、技術やトレンドが成熟し実用的な解決策を見出す、ハイプ・サイクルの「啓発期」に入ったことを示しているかもしれません)。
Bloom Institute of Technology (旧Lambda School): 民間スキル習得スクールのISA導入事例
Bloom Institute of TechnologyはISAモデルを活用したプログラミングスクールの代表例です。高額な学費負担や学生ローン問題の課題を、学生が前払いの学費負担なくスキルを習得できる学費支払いモデル (≒ISA) を提供するとして脚光を浴びました。一方で、就職率の過大表示やモデルの持続可能性についての議論もあります。それでも、Lambda SchoolはISAの実用性を示す代表例として、学費支払い・調達の新たな可能性を切り開きました。
- 主な仕組みや実績
- 学生は在学中の授業料を前払いせず、卒業後に年収が$50,000以上の仕事に就いた場合、収入の17%を2年間にわたり返済。返済総額の上限は$30,000で設定
- 卒業生の83%が年収70,000ドル以上の仕事に就く
- コーディングやデータサイエンス分野での就職率が高い
- 約3,000人の学生が在籍 (2020年時点)
参考・参照元
Course Guide: Lambda School's Income Share Agreement: What You Need to Know
GIZMODE: 新卒の83%が年収760万円!給料前借りで通える無料大学ラムダスクールの就職率が驚異的
TechCrunch Japan: 授業料は就職してからの出世払い、バーチャルコーディングスクールのLambda Schoolが約78億円を調達
StepEx: 大学や大学院のISA導入事例
StepExはイギリスを拠点とするフィンテック企業で、将来の収入に基づく返済モデル「FEA: Future Earnings Agreements」を提供しています。英国ではトップレベルの大学院に必要な費用を負担できる人は人口のわずか 2% と言われており、StepExは残りの 98%の人々の参加を拡大し、経済的な見通しを大幅に向上させることを目指している。
- 主な仕組みや実績
- 英国の金融行動監視機構(FCA)から認可を受け、ISAモデルを提供する唯一のフィンテック企業として活動
- ロンドンビジネススクール、ケンブリッジ大学、クランフィールド大学、INSEAD など世界トップクラスの著名な教育機関と提携
- 2021年に約120万ユーロのプレシード資金調達を実施
参考・参照元
StepEx: Help from
techeu: [London-based fintech StepEx employs ISA model, raises £1.1 million]より
Defynance: ISAを活用した学生ローンの再融資
Defynanceは、学生ローンの負担を軽減するためにISA(所得連動型契約)を活用した再融資プラットフォームを提供しています。同社は、独自のアルゴリズムを用いて各個人に適した所得共有率と契約期間を算出し、利用者の経済状況に応じた柔軟な返済計画を提案しています。
- 主な仕組みや実績
- 既存の学生ローンを借り換えるオプションを提供
- 独自アルゴリズムで収入増加の可能性を予測
- アメリカの連邦学生ローン制度におけるIDR (Income-Driven Repayment) プランと異なり、Defynance のISAでは、負債がないため利子を支払う必要がない。また、IDRプランの最長支払い期間20年を超えることはなく、多くの場合、所得分配率は15%よりも低くなる
参考・参照元:
defynance: The Defynance ISA - A Strong Alternative To Refinance Student Loans
defynance: Frequently Asked Question
ISAは決して新しい概念ではありませんが、この10年で多くの企業やプレーヤーが参入し業界が活発化しています。
画像引用元: Income Share Agreements (ISAs) – State of the Market 2019
まとめ: ISAが切り開く教育とお金の未来
結論を再掲します。
- ISAとは、自分の未来に投資して学ぶ学費支払いモデル
- 経済的な理由で進学やスキル習得を諦めていた学生に新たな教育機会を提供
- ISAを適切に導入する教育機関は、単価UP、学生数増加、持続可能な収益モデルへの変革という3つの大きなメリットを得る
ISA (Income Share Agreement) は、学費の壁を取り除きながら、教育機関の収益性を飛躍的に高める可能性のある新しい学費モデルです。しかし同時に、ISAにはこれまでの学費とは異なる点も多く導入も複雑です。また、回収リスクやキャッシュフローの短期的な悪化などのリスクを計算せずに導入してしまうと、ISAの利点を享受できないばかりか、最悪の場合は損してしまうこともあります...
YOLIでは、このISAの考えをベースにした教育機関の皆さまの収益性 (=稼ぐ力) を高めるための独自アルゴリズムを組み込んだISA導入支援サービスを提供しています。
ISAの専門家による導入コンサルティングや運用サポートに加え、独自開発の「ISA Signal」が、ISAに適した学生を事前に見極め、導入後の投資対効果 (ROI) を予測します。教育機関の皆さまは損失リスクを回避しながら、収益性を高めることが可能です。
ご興味のある方はぜひこちらからお問い合わせください。
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